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貴方の家の相続に口出しします!

貴方は、自分の財産の相続や自分の家の相続に対して、他人が口出しをして平気でいることができますか?

もし、私が「


貴方の家は跡取りが居ないので、私が勝手に決めますから従って下さい

」と一方的に通告した場合、皆さんはどうお感じになりますか。


私は、今、世間で物議を醸し出している皇室典範の改正についても同じ事が言えると思う。この点を真っ先に疑問視する評論家、コメンテーター、論客が居ない事は、日本のジャーナリズムのレベルを如実に表しているのではないのだろうか。


女系天皇非容認派の方々は、「男系の血筋によって綿々と伝えられてきた皇統の継承を蔑ろにすることは許せないし、こんな短期間で結論づけることは危険である。また、女系の血筋の即位を認めるならば、天皇制は崩壊する」という。

もっとな意見だと思う。特に2660年余続いてきた皇統継承の伝統を、たった1年や2年で壊すことは、改正でもないし、改革などではない。破壊である!

しかし、敬っている皇室に対して、皇統の継承という重大事を、皇族以外の立場で論ずることを恐れ多いことと感じないのだろうか?


一方、改正賛成派、あるいは権力にすり寄る方々は、「このままでは皇位を継承することができなくなり、天皇がこの国から居なくなってしまう。皇位を継承を確実にするために女系の血筋も認めるべきだ」と唱える。

前半はもっともな意見だと思う。まさに一大事である。日本という国の、文化的伝統的な土台を皇室並びに皇族が綿々と守ってきたことを考えれば、「跡絶える」ということは一大事である。

しかし、女系の血筋の即位を認めることは、時の権力者や一代で財を成した成金達が、王として、この国に君臨する道を開く事となる点を考えているのだろうか。この点を自民党の改正推進派は論じないし、マスコミも報じていない。

挙げ句の果てには、「仮に愛子さまが天皇になられた時に、そのお子さんが男でも(天皇への即位を)認めないということだ。それを分かって反対しているのか」と発言する始末。この発言を行なった人間は、未だに女系と男系の区別がつかない様子だし、この段に及んでこのような発言を行なうことに知識、知能のレベルの水準を疑わざるを得ない。

端的な例を言えば、H某というものが、一代にして財を築き、権力を手に入れ、それをてこに継承権を持つ女性皇族と結婚し、自分の息子、娘を王に据えることができるということになる。もし、結婚後、あるいは息子、娘が王位に就いた後、このH某が法的に、あるいは人道的に許されない罪を犯していたという事態も起こりうる。

そのような場合でも、あなたは、王位に就いた息子、娘を王として認めることができるか?


皆さん、いかがですか?


さて、この問題。論じる前に、改正賛成派、改正反対派と共に大きな忘れ物をしているように思う。


改正賛成派については、日頃、人権がどうだとか、憲法改正反対を唱えている割には、皇族の発言を政治的だとして封じられていることに対して言論の自由を認めないと意義を唱えないことは腑に落ちないし、また、なるほどと納得するような理由もなしに憲法については断固反対を貫いている割には典範改正に対して諸手を挙げて賛成することも腑に落ちない。


改正反対派については、皇室、皇族の方々に御発言頂ける場を設けることを蔑ろにして、賛成派と同様に継承云々を論じるのは如何なものだろうか。果たして、それは、臣下の礼を取る者の振る舞いだろうか。


皇位継承に対する私の意見は、以下の通りである。

冒頭でも論じたように、この問題は本質的に皇室、皇族の方々が決すべき事柄である。

政治的問題ではない!

政治的問題とは、決された結論を実施する際の、法律的な問題又は実施を阻害する問題であると考える。

それ故、皇族の方々が一同に会して皇族会議を開催し、全員の賛成を以て決せされた結論を国民にお伝え頂きたいと思う。ただし、この会議には、通常の皇室会議で出席を許されている衆議院議長、衆議院副議長、参議院議長、参議院副議長、内閣総理大臣、宮内庁長官、最高裁判所長官、最高裁判所判事の皇族以外の人間は除外し、戦後GHQによって強制的に皇籍離脱を余儀なくされた旧11宮家の方を含めることが前提と考える。


私は、皇室、皇族を敬う人間である以上、
その会議が10年、20年続こうと、私は皇室並びに皇族の方々のお言葉を待ち、
皇室並び皇族の方々が決せられた結論に従い、実現に向けて努力するのみです。

ただ、皇族会議で結論が決されない場合、あるいは、もし、仮に、皇統継承の伝統を捨てて、女系の継承をお認めになる場合、一旦三種の神器を伊勢の神宮にお戻しになられますように、謹んでお願い奉る次第です。

私は、皇族の方々の未来に対して、こうあるべきとか、こうすべきとは申し上げることは出来ません。

ただ、


謹んでお願い奉り、
詔を承けては、これを謹む

のみです。

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