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君が代よ、永遠なれ。

 君が代は我が国の国歌である。しかし、国歌の歌詞が、古今和歌集の賀歌の筆頭歌(第1首)に載っている事を知っている人は少ない。恐らく、国歌を制定するにあたって作詞されたものと思っている人が多いのだろう。


 書籍「わたくしの国の旗と歌」(ISBN4−88320−180−5)によれば、この和歌にそっくりな初二句のみが異なる歌が二首あるのだという。その和歌では、「我が君は千代にましませ...」、「我が君は千代に八千代に...」で始まる。

 我が国の歴史においては、君という言葉が必ず君主、天皇を意味した言葉であったとは考えづらい。ひらがなには1字1字にそれぞれの意味を持つのだという。不勉強ゆえ、「き」という言葉と「み」という言葉のそれぞれが持つ意味を明確に述べることはできないが、ある程度の憶測と主観を許していただけるならば、恐らく「き」という言葉は、貴に代表されるように”大切な”という意味ではないだろうか。また、「み」とは、身という語のように、本質を表すのだろう。とすると、”きみ”とは、自分の大切なもの、本質という意味に行き着くのではないのだろうか。


 あなたの大切なものは何ですか。
 あなたが守りたいものは何ですか。
 その大切な、守りたいものがずーっと続いていてほしいとは思いませんか。

 私は、君が代の和歌を詠んだ詠み人の動機はそこに在ったように思う。人それぞれ、その大切な、守りたいものは違っていても、それが永く在ってほしいと願う心は同じはず。その心がこの和歌に込められていると私は信じる。


 在る人は言う。君が代の「君」とは戦時中の天皇を意味し、天皇のために命を捧げるための道具になったから、国歌を変えるべきだと。

 しかし、古今和歌集が勅撰されてより、今年で1099年、来年は1100年を数える。国旗でも述べたが、数年間の戦役のために永くこの国で又我らが祖先が口ずみ、慈しんできた、この和歌を否定してよいものだろうか。

 先の戦役に敗戦し、我が国古来の文化は否定されて久しい。今や我が国は、経済的にも、また文化的にも、米国に乗っ取られようとしている。私は、私の祖国であるこの国が、千代に八千代に幾世代にも渡って栄えて欲しいと切に願う。さざれ石が巌となるように、我が国の愛する人々の心が、それがさざれ石のごとくに小さい物であっても、それが集まって巌となって、苔むすほどに永くこの国を見据えてほしいと願う。

 例え、髪を染めても、肌を日焼けさせても、身なりを似せても、私たちは日本人であって、白人にも黒人にも成れない。成れないものに憧れて自分のアイデンティティを捨てることは、奴隷になることに他ならない。私は、今この国に覆いつつあるものに深く憂慮している。


 学校で習った国語の一節で、今も忘れられない話がある。「最後の授業」という話だ。フランスのアルザス/ロレーヌ地方は資源豊富な地域あり、かつドイツの国境に面していたため、フランスとドイツが戦争を行なうたびに、焦点の1つとなっていた地方である。フランスがドイツに負け、この地方でフランス語の授業が禁止され、最後となった授業を話にまとめてある。授業の最後に、教師は生徒に「この授業が最後の授業になりますが、決してフランス語を忘れないでください。フランス語を捨てない限り、われわれはフランス人です。」と語り、黒板に大きく”フランス万歳”と書き記して、泣き崩れたという。


 我が国においては日本語ということとなるが、日本語の心はむしろ、日本語よりも和歌に込められているのではないのだろうか。先祖が「決して忘れるな」と、30文字余1文字に込めた思いを私たちは捨ててしまってよいものだろうか。

 私は、我が国でこのようなことが決して起きてほしいとは思わないが、自分たちの歴史を直視し、糺すべき点は糺しても毅然として未来に目を向けない昨今の風潮を憂う。そんな中で君が代こそは、日本人のDNAに受け継がれている我が国固有の文化を呼び起こす大切な鍵があるような気がしてならない。


 君が代の「君」が天皇を意味するかどうかは、この歌を言挙げする一人一人の心持ちに寄ると思う。別に述べた自分自身と天皇との関係を自らが認めるならば、大切なものの中に天皇が含まれる訳であり、数々ある大切なものと共に天皇に対する賀歌となるだろうけれど、それはあくまで一人一人に依存するものであって、君が代の和歌自身に君=天皇という意味を、私は見いだすことはできない。


 君が代よ、永遠なれ。
 和歌よ、永遠なれ。

 千代に八千代にその文字を、
 この世に現す言の葉の、
 その言霊により我が国を、
 千代に八千代に守り給え。
 異国の者が踏むにじる、
 その時々に至りても、
 決して忘る事無きよう、
 我らの心を示し給え。

 古今の和歌の選び人、
 紀貫之なるその方の
「いまはあすかがわのせになるうらみもきこえず、
 さざれいしのいわおをなるよろこびのみぞあるべき」と、
 願う思いがこの国を、
 千代に八千代に守りますように。

 いまはまだ、たれがしるらんあすかがわ ふちなるけふとて あすはせとなれ。

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日の丸こそは天下一

 戦後、日の丸が毛嫌いされて久しい。現代の日本人にとって祝祭日に国旗を掲揚することは、大東亜戦役の太平洋戦争における敗戦の記憶を思い起こすこととなり、毛嫌いする人が大変多い。しかし、最近、私は日の丸こそは天下一と感じるようになった。

 「わたくしの国と歌」(ISBN4−88320−180−5)によれば、正式に国旗として日の丸が制定されたのは明治であり、その目的は欧米に対して我が国が決して引けを取らないことを明示することにあったと記されている。また、明治時代の制定以前では、江戸の安政元年(1854年)に外国船と日本船のと識別を目的として、薩摩藩主島津公の発議により日本人の船に日の丸を掲げるように幕府からのご下命があったそうだ。それ以前においては、遠く朝廷での政において用いられたことを始まりとして、旗のもつその勢いが各層の人々に受け入れられ浸透していったとも記されている。

 そうしてみると、日の丸という旗は、諸外国からの圧力を交わすため、また内政を切り盛りするというために、軍国化した時にポッと決まった事でないことが判る。お叱りを受けるかもしれないが、敢えて鎌倉幕府の頃に日の丸が使われ始まったとすると、900年程の歴史の中で、節目節目に掲げられ、また江戸時代においては船の安全を確保するために掲げられ、単に戦いを意味するものでは無かった事が判る。その歴史に対して、たかだか8年間の起きた、日本の歴史にしてみればくしゃみの一瞬である大東亜戦役(盧溝橋の事変を暫定的に始まりとし、終戦までの間)に日の丸がよく使われたからと言って、この旗を捨てることは賢い振舞いだろうか。この旗には、我らが祖先の900年以上の日本人の愛着が染み付いている旗なのである。


 一方、自分にとって「天皇」がどのような存在であるかと考えた末、私は「日の丸」という旗の、その勢いの源泉を知った。

 日の丸の「白」は善、清を意味すると私は思う。また、その「赤」は、古来日本人が大切にしてきた「誠実」を意味すると思う。つまり、清い心で善を目指し、誠実を以て隣人に接するという我らが祖先が目指したものを、旗に表現したものを私は信ずる。また、丸でなくてはならず、三角形でも四角形でも星形でもいけない。なぜなら協調、協力を大切にしてきた日本人の本質に合致しないからだ。

 また、天皇という存在が、人間の善、清さがこの世に存在する証と考えるならば、白地こそは天皇を意味し、赤い丸はその善と清さがこの世に存在することを信じ、これを守るという日本人の誠実な心の現れのようにも感じる。これは、この国が建国された意義を、建国後の長い歴史の中で今はもうその建国の意義を知ることができない現代においても、旗を見る者に脈々と受け継がれてきた日本人のDNAに訴え、想起させてくる気がしてならない。


 ある者は言う。忌まわしい戦争の記憶を忘れるために旗を変えろと。また、在る者は言う。他国の旗と比べると色彩に乏しくて貧弱に見えると。

 しかし、旗を変えても記憶を忘れることはできない。私たちに必要なのは、旗を捨てて自分を捨て、忘れることのできないことを追い求めることではなく、むしろ、決して忘れずに同じ轍を踏む事無く、我が国が遠く建国された意義を思い起こし、その意義をこの世に広く知らしめる別の道を模索することだろうと思う。そのためには、くじけそうになった時に我が国の建国の意義を思い出す事のできる、この旗を愛することは大切だと思う。

 また、世界万国の旗の中に於いても日の丸が貧弱であるとは思わない。子供の頃、運動会には万国旗が掲げられた。数多、多彩な色使いの旗のひしめく中で毅然として、白と赤だけの、それも白地に赤丸の日の丸こそは、ひしめく旗の中においても、一際その存在を主張しているように感じる。


 我が家においても言えることだが、最近はマンション、アパートに住むことの多くなった現代人にとっては大きすぎて、また、大きさ故に街宣車で町中を走る一団と同一視されそうで、一般に販売されている日の丸国旗を掲揚することに抵抗を示してしまう。私個人としては、自分の戸口や背丈に合うようなこじんまりとした国旗を控えめに祝日祭日の節目に掲揚したい。私はこれを「ブチ国旗掲揚運動」と称したい。各々方、如何なりや。

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天皇という存在 ー私論 天皇論ー

 我が国の天皇という存在は、世界万国を見回しても唯一の存在で、類を見ない存在である。

 1つめには、遠い昔より我が国の歴史と共に、男系の血筋により綿々と受け継がれた存在であること、2つめには、歴史の時々に我が国を統治する権力者を認めつつも、その権力者は天皇に対しては臣下の礼をとっていたこと、つまり実質的には権力者に国内統治を認めながらも、精神的な面からは常に日本を束ねていた存在であること、3つめには、イギリス王室のような戦いによる征服でかち合えた領土を支配するような存在ではなく、多くの場合、その徳に触れ、その徳に敬服し、その徳に従うことを善しとする者達により、推挙されて「束ねる」存在となったことを挙げることができると思う。


 どうして天皇はこれまで我が国の歴史の中で綿々と代を重ねることができたのだろうか。また、天皇という存在は、我が国においてこれまでどのような存在であったのだろうか。我が国が個性と誇りを失いつつ崩壊の危機に面している今、私は深く国を憂い、街角のビルの片隅で段ボールに包まって朝を迎える者達を憂い、次世代を担う子らの行く末とこの国の未来を憂う。

 その憂いは、歴史の中に於いても、我が国が国として定まらずに国づくりに励んでいた時代の将来への憂いに通じるだろう。また、戦乱に明け暮れて屍だけが野を埋めた時代の憂いにも通じるものがあろう。そして、アジアの諸国が植民地として征服されたと聞く中で、見た事も無い鉄の船が突如現れて我が国を揺さぶったときの憂いにも通じるものがあるだろう。そう思うと、歴史のその時々に、我らが祖先も憂いの中で、天皇という存在がいかなるものかを考えたに違いない。


 今、我らは国に自信を無くし、民族としての自信を無くし、欧米の為すがままである。テレビのニュースでは毎日殺人のニュースを聞かされ、ドラマは人を殺して幕を開ける。まさに、人間は本来悪であり、金がすべての世の中であると考えるように仕向けられ、本気でそう感じるようになってしまったように感じる。

 私はそんな中でも、人間は本来善であって清いものであると信じたい。この世に生きてゆくなかで、人は罪を犯し、人の道を外れる。しかし、それは、生きてゆくことが誰にも保証されず、自分で手にいれる他に無いことに由来するものであって、もし誰もが生きてゆく事を満たされるならば、本来の善、清さは誰の元に現れてくるのだと信じる。


 しかし、それをどのように証明するべきなのだろうか。そう思う時、我が国の天皇という存在の意味と、我が国の歴史の中で脈々と息づき、そして時の為政者が守ってきた理由を知った。

 私が思うに、我らが祖は、人の善を最も良く知る一族に、いかなる時代においても人は善であって清いものであることを現してほしいと願い、天皇と言う存在を我が国に生み出して守ってきたに違いないと考える。それは、この世で生きていくという過程で忘れてしまいそうな善の自覚と清い心を持つことを、天皇という存在を通して再確認することであり、心の中の「善」「清」の鏡移し、あるいは自らの姿を映す鏡とも呼べる。つまり、私にとって、天皇とは私の中の「善」そのものであり、「清」そのものであって、両者を分つ事はできず、天皇は私の心の一部である。また、その鏡に我が身を映す時、如何に我が身が汚れているかを知る。


 このように考えると、天皇位に就くものが無私無欲の存在を目指し、至高の存在を目指し、我が国最高の祭祀としての任を全うする理由も自ずと理解できる。

 そう思う時、どうして天皇を守らずには居られようか。それは我が心の善そのものである。どうしてそれを汚す者達を許せようか。それは我が誇りへの侮辱である。きっと、この気持ちこそが我が国の歴史の幾多の戦乱をかいくぐっても天皇制が受け継がれてきた理由であり、我らの祖が命を賭しても守ってきた原動力であると堅く信じる。


 我が国が深刻な危機を迎えた今、この国が建国された頃に立ち戻って、その建国の意味を再確認し、単に先の戦争だけに捕われて論ずるのではなく、古く我が国の歴史の中で天皇が為した、その役割を再認識することが必要だろうと思う。

 私が思うに、我が国の建国の目的は、教育勅語に在る「国を肇むること宏遠に、徳を樹つること深厚なり」という言葉が物語っていると思う。また、天皇が為した役割とは、仁徳天皇の故事を思い起こすことが良いかと思う。

 このように我が国においては天皇と国民は魂の根幹で互いが繋がっている存在であるが、もし仮に天皇家がイギリスを初めとする欧州の王族のような立場に憧れ、本来の意義を見失うならば、それは天皇家のみならず我らにとっても大きな不幸の到来を意味する事になるだろうと思う。


 最後に、一つだけ良く心得ておくべきことが有ると思う。この国を守るという口実で安易に武力に訴えることは慎むべきであろうし、その口実の盾に他国の国益のために我が国の国民が血を流す事を決して許すべきではないだろう。この国の諸々の民を守る為に、また自分の善の象徴である天皇を守る為に、やむを得ず武力によって我が身を守ることは許されても、決して云われの無い理由を口実に一国を攻め滅ぼすことは断じて行なうべきではない。武力を以て征服するのではなく、徳をもって集うことを善しと承服させることを以て、我が国建国の意義を更に宏遠なものとすべきである。


追伸

 今上天皇を以て、天皇は125代(明治以前の数えでは124代)を重ねるという。

 私がこの世に存在するためには父母の2人が在って、父母が在る為にはそれぞれに両親が必要である。つまり、4人の人間が在った訳で、2代を重ねるために4人(=2の2乗)の祖を持つ。そう考える時、125代を重ねるためにどれだけの祖が必要であろうか。

 天皇2代を以て、国民の世代が1つ重なると考えれば、2の62乗となるかと思う。(もし間違っている場合は、ご指摘いただきたい)何と4.61x(10の18乗)となる。現在の我が国の人口を1億2千万として、えいやと計算すると384億倍となる。ちょっと僭越なことであるが、日本史の教科書に必ず載っている推古天皇を起点として考えても、推古天皇が35代(明治以前の数えでは34代)であるから、2の45乗、つまり約35兆人となる。ともあれ、これでも膨大な人数となる。

 とある小学校の先生の逸話を紹介したい。詳しい一語一句は忘れてしまったが、おおよそ、こんな話だったと思う。「皆さんにはそれぞれにご先祖さまが居て、天皇陛下と共にこの世を生きていたと考えると、ご先祖様の人数はとっても沢山になります。自分の隣に座っている人とも、日本人であれば誰とでも、いつの時代か御先祖様が一緒のときがあったと言えるのではないのでしょうか。だから、皆さん!お互いに仲良くしなければいけませんよ〜」と生徒に話しかけたと聞く。

 世知が無い世の中になってしまったが、そんな中でも国民同士の助け合いの精神を思い出したいと思う。

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市町村が独自判断で教員を採用

今度、市町村が独自判断で教員を採用できるようになると、えせ藤沢人さんのブログ「藤沢生活」のコラムを通して知った。ちょっと否定的な立場から論ずることになるが、いろいろあるわねとご了解願いたい。


心配点は2点有る。

1つは、高度成長以後の政治家の私欲の食い物になったあげくの日本政府の赤字のとばっちりが教育に及んでいるのはないのかいう点、2つは、市町村が独自にという事になると、明治維新の際に目指した「日本国民として生まれた子供に等しく教育を施す」という原則が揺らぐのではないかと心配だ。

独自判断で教員採用を実現というと、地方分権の促進、三位一体改革の実現という口当たりの良いオブラートに包まれて誰もが賛成しそうだが、「藤沢生活」のコラムを読むと何て事は無い。私には、教員の人件費を中央から地方へ移転しているようにしか見えない。

また、市町村が独自で採用ということになると、地方間の格差が出来る訳であり、当然、過疎地域が不利になることは明白である。これは、明治維新の際に、日本人として生まれた子供に等しく教育を施すという精神の大きな後退を招く事になりはしないだろうか。

また、「藤沢生活」のコラムを読むと、こんな気になる記載が紹介されている。

>>「郷土教育などの特徴ある教育に合わせた人材が必要だ」
市町村の教員独自採用を可能に…2006年度にも(読売新聞、04.7.26)の冒頭より引用

これは何を意味するのだろうか。昨今、教育の現場に於いては、生徒の学力低下が至急の課題であったはず。この郷土教育の目指す目的は何なのだろうか。明治維新後、欧米の植民地化という国難から我が国を守るべく、親政をとった明治天皇は、その教育勅語の中で、「学を修め、業を習い」と表した。私には、今の日本も大きな国難と対峙しているように思えてならない。そんな中で、果たして郷土教育で、未来の日本を担う次世代の育成ができるものだろうか。私はこの点を深く憂う。

小学校、中学校の教育では、日本人としての基礎を固める教育であって欲しいと思う。これは、地方ごとに格差があってはならないものであって、日本人として等しく、その素養を身につけるものであって欲しい。格差を設けるのは、自らが自分の目指す分野を見いだすことに必要な教育、具体的には大学、或は高等学校の段階でも良いのではないだろうか。

恐らく「郷土教育を通して日本人としての誇りを持ち...」と意図しているのだろうが、日本人としての誇りを喪失している本質的な元凶を糺さないかぎり、日本人として胸を張り、日の丸が天下一だな、国歌はいいな、この国をもっと良くしなければ、自分にできるのはなんだろうという気概を持つには至らないと思う。

おのこやも むなしかるべき よろずよに かたりつぐべき なはたてずして

歌の文字はあれど、名を立てる理由を喪失しているのが今の日本だと思う。


市町村レベルでの採用を促進するのであれば、ぜひ実現してほしいことが1つだけある。

それは

市町村採用の教員に対する、児童保護者の総意に基づく罷免権の確保
である。

市町村による一方的な採用不採用でなく、保護者である親も主体性を持つべきだろうと思う。子供の教育は、本来は教師だけが考えるべき問題ではないとも思う。かつて我が国では、自分の子供はもちろん、他人の子供であっても、日本人としての素養に欠けることがあれば、注意して諭していたと思う。教育は専門家である教師が考えねばという主張を聞く事があるが、大半の教師が「日本人としての素養」に首を傾げる状態であっては、そこから生み出される専門的意見も首を傾げるような内容となるだろう。

そう思うと、単に教師任せにしては居られないだろう。

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