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小6女児殺傷事件、報道、殺人罪

佐世保で起きた事件を考える時、報道と事件の解説、そして殺人罪に対する刑罰について疑問を持った。

まず最初に、娘さんを亡くした御手洗さんに対してお見舞いを申し上げたいが、言葉が見つからない。自分の大切な人を失うことなど到底思いもしない場所や状況で、その大切な人を亡くすことを思う時、心中を察するに余りあり、どのような言葉が適切か思いつかない。


各局こぞってニュースで取り上げて、専門家、コメンテータを交えて報道しているが、その報道内容、解説内容に疑問を持たざるを得ない。


報道内容については、被害者並びに父親の御手洗さんの会見を中心に、繰り返し、繰り返し同じような放送しているが、それで事件の概要がわかるのか疑問に感じる。加害者の親や家庭環境がどうなっているかは報道から何も伝わってこない。実名を挙げることは不適切であると考えるにしても、父親、母親がどのような職業で、どのような家庭環境になっているのかを報道しなくては片手落ちのように感じる。

また、佐世保の小学校や各家庭で行なっていた教育や指導、或は佐世保を初めとする長崎県での犯罪率、検挙率の過去推移等の事件の背景や、過去に起きた事件との比較等も報道するべきはないのであろうか。また、質問に答えても亡くなった娘さんが帰ってくる訳ではないのに、「お嬢さんの夢は何だったのですか」などと無神経に質問する記者に激しい怒りすら感じる。結論として、

マスコミ初め報道機関の報じる内容は野次馬的なものばかりで、事件について深く考えさせられることがない。

解説内容についても、大いに疑問に感じる。大半はインターネットの掲示板とチャットに焦点を当てて問題視した解説を行なっているが、それでは余りにも表面的な解説に留まっているように感じる。加害者側の家庭環境が全く報道されない状態では推測の域を出ないが、私は、思春期前の子供の複雑な心理を、加害者と被害者の親が十分に理解することが出来なかったことが、大きな原因ではないのかと考えている。

娘さんを亡くした御手洗さんには、今の心中を察すると申し上げにくいが、もし、それぞれの娘さんが帰宅した際に母親が、自宅で待っているのであればどうなっていたであろうか。察するところ、学校で起きたあれこれを母親に話して、娘が行き過ぎたと母親が感じれば当然たしなめるであろう。とすれば、事態は全く別の結果となったように考える。

不安定な思春期初期の心理を、本来であれば打ち明けるべき母親がいないため、彼女達はインターネットの掲示板やチャットに求めたのではないのだろうか。
そう思うと、インターネットに原因を求めるのは余りにも単純すぎる気がする。また、イラク人質事件、拉致被害者家族会へのインターネット上でのバッシングに対する報道ぶりや、先日起訴されたWinny開発者に対する報道を思い起こすに、「インターネットは悪いものだ」という先入観をもって解説しているようにも思う。

ただ、掲示板、チャットに限らず電話等、相手の顔を直視することのない状態での嫌悪感は、嫌悪感の感じた途端に殴り合いの喧嘩のような状態となること、また、匿名の発言などでは、通常であれば喧嘩となりうる表現が多用されることは、私も認める。


この事件により、果たして現在の刑法や少年法で良いのかと私は一番強く感じた。ここ数年間、テレビのニュースを思い起こすと、如何に人が死んだ報道が多い事だろうか。また、殺人に対する罰にしても、死刑が宣告されるは稀で、ある面加害者側の方が厚遇されているようにすら感じる。また、刑事コロンボや女性に人気のサスペンスドラマを筆頭に、ドラマと呼ばれる番組は人を殺して始まっているものが大半である。映画においても死ぬことがごく当たり前で、コンピュータゲームも殺人を行なうものが大半である。そのような中で、私たちは殺人に対して余りにも無神経にされていないだろうか。否、殺人を奨励させられていないだろうか。

そう思う時、我が国においては、

殺人罪に対する処罰として、原則死刑とする
ことを真剣に考えるべきだろうと思う。諸外国と異なることとなったとしても、これらの先進国と呼ばれる各国でも犯罪が多発化、凶悪化していることを考えれば、日本には日本なりの考えを持っても揶揄されることはないと思う。また、平成15年に起きた4歳児誘拐殺人事件を初め、昨今の青少年の殺人事件が増加傾向にあることを考えれば、青少年についても、
殺人に対しては少年法の適用や少年法の年齢規定の適用を行なわず、直接刑法を適用すべきである
と考える。


今回の事件を初め、近年起きている青少年の殺人事件は、大人の考えや行動を映し出しているように感じられてならない。また、青少年の事件の根源的な原因として、戦後もてはやされた核家族の致命的な問題点を感じられずにはいられない。

6月3日追記
「くまをとる」ブログの "「文章を書くこと」と感情の純化について"も一読の価値ありです。
「ダラダラブログでいってきます。」にて「小学生がTVドラマで実行決意」というコラムが載っています。

「あっかんべぇ」ブログの「過激な言葉の並ぶ加害女児のHP」というコラムで、事件に関連したZAKZAKの記事『「容姿バカにされた」4日前にも計画』を知り、早速読んでみたところ、とても落胆した。加害者の家族は、5人家族で、父、母、姉の他に祖母もいたという。夫婦共働きとは言え、自宅には祖母がいたことになる。

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コメント

あつこの部屋の あつこです!
私の仕事は水商売ですが、お店でも この佐世保の事件の話になります。普段はニュースの話なんて あまりしないんですが・・・。
新聞の投稿や記事を呼んでたら命の大切さを教えろ!とか道徳の授業を ちゃんとしろ!的なものが ありますが最近の教育って 言葉だけで教えてるような気がします・・・。子供って色んな感情を持ってるから 教え方さえ ちゃんとしてたら 大丈夫な気がします・・・。親に殴られていないから 殴られる事が どういう事か分からないのもあるかも・・・。経験したら そこから自分で考えると思うんですよねぇ~。最近の ニュースでインタビューに答えてる子供の意見を聞いてたら 大人が喜ぶ意見を 言う。知ってる限りの 賢そうな言葉で・・・。違和感を感じる。学校や塾での 評価がそうさせてるんじゃないかと思う。チャットのせいにしてる マスコミなどは 単純だと思う。なんでも 悪い部分はあり その一部だけが クローズアップされて それが 全て!みたいに・・・。

投稿: あつこ | 2004.06.10 02:19

あつこさん、コメントありがとうございます。

あつこさんのご指摘の点、私も不安に感じている点です。息抜きするはずの場所でも、この話題ですかぁ..結末がショボーンとなる話なので、「お客を盛り上げる仕事にとっては苦労の種ですね。かと言って、触れない訳にもいかないし、大変だなぁ」なんて勝手に思っています。 (^ ^)

授業で命の大切さを教えても、一旦、学校を出れば、耳にすること、目にすること、殺人ばかり。そんな中で矛盾を感じて、更に頭の中の感覚と現実の感覚がどんどんズレてゆく。怖いですね。

あと、ちょっと考えが違うかなって感じるのは、「チャットのせいにしてる マスコミなどは 単純だと思う」という点でしょうか。私は、マスコミがチャットのせいにしてるのは、マスコミ自身の責任を認めたくないからだと思ってますのよん。
どーんなもんでしょうか。

ともあれ、コメントありがとうございました。
同意できる点に限らず、出来ない点のコメントも歓迎です。これからもヨロシク御願いします。

投稿: へのへの419 | 2004.06.12 00:10

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