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イラクで人質になった5人のこと

なんだかな〜、世の中、おかしいんじゃないと思う。
内閣総理大臣を初め、各大臣、マスコミ、果ては市井の人々まで。。。

*** 自己責任!! ***

の大合唱。

それっておかしいんじゃない?
自己責任はイラクに行っても日本に住んでいても、生きているという限り一人一人についているはずだ。ちょうど影のように。。。だから、誰もが良心に従って生きている限りは自己責任を追求されることはないと思う。ただ例外として、善悪の判断のつかない未成年は、親が自己責任を肩代わりしているんだろうけど。

では、自己責任を放棄した時って、どんな時なんだろ?
私が思うに、それは良心の呵責に目を背け、人の道に外れたことを行なった時だと思う。

今回のイラクの人質事件で人の道に外れたことを行なったのは誰だ!
当初は自作自演だと吹聴し、形勢が悪くなるや、自己責任にすり替えたのは誰だ!

5人居れば5つの人生がある。彼ら、彼女はそれぞれ自分の思う道を生きてきた。
私はあの5人は共にそれぞれの良心の従って生きていたと信じてる。

2人は、フリージャーナリスト
1人は、「米兵・自衛官人権ホットライン」という組織に所属していた彼
1人は、ボランティア活動家
1人は、フリーライター
全くことなる道を選んだ5人の一緒に論じることができるのだろうか。

まず、フリージャーナリスト。
批判するべき対象ではないでしょ。人質になったから危険な場所に行くなって、そりゃ無理だよ。真実を報道することを目的としているんだし、多くの場合、真実を得ることは危険と隣り合わせだ。彼らには真実を伝えたいという思いがあって、国内に居る私たちは、危険を冒して得てくれた情報で現実を知り、真実を見通して自分の判断が形成する。彼ら2人を初めとするジャーナリストと私たちは協力関係にあると言える。どうして彼らを非難できようか。

次に、ボランティアとして活動していた彼女。
実は、自衛隊が派遣される半年以上前にイラク入りして活動していたんだよね。(自衛隊派遣は2003年末で、彼女のイラク入りは2003年3月)しかも、サマーワ市民のアンケートで自衛隊不用が過半数を取る一方で、彼女のバクダッド入りを多くの子供達が待ち望み、また彼女を待っているイラク人も多くいる。あまりマスコミでは報道されていないが、サマーワの自衛隊は濾過した浄水の配布をフランスのNPOに依頼しているという。聞くところによると、フランスが軍隊を派兵していないからフランスのNPOは活動できるのだそうだ。とすれば、イラクで活動していた日本のNPOの活動を危険に晒したのは、サマーワで支持を得ていない自衛隊を派遣したからだとも言える。

ところで、「米兵・自衛官人権ホットライン」の所属していた彼
「米兵・自衛官人権ホットライン」のサイトを立ち寄ってみると、”「自衛官110番」の経験を引き継ぎ、より発展、充実させたものとして開設”とある。つまり、自殺を考えている人間に、訴える窓口を通して自分の悩みを話す事で自殺を思いとどませるような機関なのだと思う。とすれば、実際の米軍や自衛隊が派遣されている現場を見ることは、米兵、自衛官を心情を察するためには必要だと思う。

最後に、フリーライターと称する少年。
少年である、彼は。18歳で未成年なんだしお酒だって飲めない。彼は劣化ウラン弾に関する絵本を作るためにイラクに赴いたと言う。それはそれで立派な志だと思うが、今イラク入りしなければならないほど時間を争うものだろうか。イラクの混沌した状況で、パソコン1台を持って何を成そうとしたのだろうか。イラクの情勢が落ち着いた時点で赴く事では遅すぎるのだろうか。劣化ウラン弾の被害は数十人の専門家が協力して調査できる代物のように思う。私は彼を責める気にはならないが、彼の両親は親権を持つ者として考えるべき点が多く有ると思う。

さて、これら異なる背景を持つ5人を一括りに論じた政治家とマスコミ、そして日本国民は正しかったのだろうか。
私は、政治家に対しては極めて深い不快感を感じる。彼らの論理は、国のやることには口出しするな、服従しろというもののように感じた。彼らもまた人間であり、判断を間違ることも良心に背く振る舞いを行なう可能性だって持っているに関わらずにだ。彼らの多くは今や特権貴族的な優越感を国民に対して持っているのではなかろうか。次に、マスコミについては、ここまで堕ちたかと感想を持った。フリージャーナリストに関した書いた通り、5人の内2人は危険を認識しつつ、事実を報道するためにイラクに赴いたはずだ。その彼らを非難することは報道の自由を捨てる行為のように思うのだが。。。そんな政府とマスコミのあおりと受けて、「そうだそうだ」とだけ声を揃えた日本国民の行為は、言ってみれば小学生の陰湿なイジメのような行為だと思う。恐らく、自分なりの意見を持って彼らを捉えていた国民は少数だったと思う。

我が国には自衛隊を無理にも派遣しなければならない事情があって、その自衛隊の撤退を叫んでいたとしても、人質となった同じ日本人である5人の命の無事をまず最初に国を挙げて祈ることの出来なかったことは、同じ同胞として恥ずかしいことと思う。
また、私が最も悲しみとすることは、先の敗戦から現在まで日本国民は民族的感情の面でバラバラになってしまっていて、大きな1つのまとまりを再構築できていないことだ。1つの大きなまとまり無しには、憲法を改正しても、経済が立ち直ったとしても、軍備を拡充しても、この国を真に守ることにはならないように思う。

そんな今日は憲法記念日。そろそろ、祝祭日に国旗を掲げる時期が来たのかもしれない。。。

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