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絶対評価と相対評価 Part2

先日、「生徒の評価はどうする?:絶対評価と相対評価」というコラムを書きましたが、どうしてもしっくりこなくて、アレコレ考えておりました。ようやく形になってきたので Part2 としてまとめてみます。

なお、考えた挙げ句のものなので、不備な点、間違っている点、参考とするべき資料等あれば、コメントにてご指摘いただければと思います。

絶対評価の特徴について、以下の2点を挙げることができます。


  1. 絶対評価の方が相対評価よりも生徒を正しく評価できる。ただし、適用においては制約条件が課せられる。

  2. 極限状態では、絶対評価は試験の成績に近づく。

次に、個々の特徴の詳細について述べます。

  1. 絶対評価が優れているとする理由については、先のコラムを参照願います。ここでは、制約条件について述べます。絶対評価の場合は、相対評価では発生しなかった「評価を行なう人間の主観の混入」という問題が指摘できると思います。この問題を防止することが条件であり、防止の為の客観的な基準の導入が条件となります。

    この基準は、生徒の成績が正しく5段階に評価されるための基準と、評価した結果がクラス間、あるいは学校間で共通であるための基準の2つで構成されなければなりません。この2点が満たされない場合は、絶対評価が相対評価より劣っているとは証明できないものの、絶対評価は生徒を評価するには適切ではないと考えられます。

  2. 絶対評価の精度を高めるには、評価値の刻み幅の細分化と評価項目の詳細化の2面が指摘できます。刻み幅が最も高精度になる場合は試験の得点をそのまま使用する場合であり、評価項目が最も高精度になる場合は評価を行なう期間中に行なわれた試験をすべて使う場合となります。つまり、精度の極限状態では、絶対評価は試験結果と一致することが予想されます。

以上の踏まえて考えるに、絶対評価を採用する場合には以下のような方策が必要と考えられます。

精度の極限状態が試験結果となることを踏まえると、適切な試験問題を作成することが大変重要となります。しかし、これは作問者に対して大きな負担を強いるものであり、個々の教師が単独で行なうことは不可能と考えられます。また、学校間で基準が共通であることが必須であることを踏まえると、一括して全国に共通する試験を作成することが必要と予想されます。

ただし、教育の本来の目的が、学習すべき項目全ての習得させることと考えるならば、試験はその習得の度合い(ある意味で、未習得の度合い)を量るものであり、それを以て評価を行なうのは、教師が生徒に習得させていない箇所が残したことを意味することとなり、教師にとっての不名誉を意味することとなります。また、たった一回の試験(機会)だけで評価を行なうこと、つまり生徒の習得度合いを決定することは、生徒の進路選択の自由を狭める事にもなります。

よって、試験は、同一項目について複数回受験するを可能とし、生徒が少しでも多くを習得できるように配慮することが望ましいと考えられます。ただし、この案を採用した場合、複数回の試験における得点の経緯を評価の基準とするか、最高点のみを評価の基準とするかは議論の余地が残ります。なお、複数回受験するかどうかの選択は生徒に与えられるものとします。

次に、絶対評価が精度の極限状態で個々の試験結果に一致してしまうとするならば、果たして絶対評価の意義が有るのかについて考えてみたいと思います。

生徒を評価する理由は大きく下記の2点が指摘できると思います。


イ)習得すべき科目の習得度合いを明確化すること
ロ)習得する意欲を客観的に指摘すること

最初については前項で論じているので、ここでは2つめの理由について考えてみたいと思います。

「意欲」を計る対象として、過去との比較と他生徒との比較の2つが考えられますが、他生徒との比較を行なう場合、基準を設定することが著しく困難であることが指摘できます。よって、意欲は、評価対象者の「過去との比較」のみにより測る事が現実的と考えられます。また、評価方法としては、相対評価は不適格であり、「結果は、他生徒の存在の影響を受けない」という自明な特徴を持っている絶対評価が適していると言えます。

例として、前学期の試験において30点しか取れなかった生徒が、今学期に意欲を高めて50点の点数を取得した場合を考えてみます。この生徒は今会期に習得すべき内容の半分しか習得できなかったのですが、前学期と比較すると、より高い意欲を示したと言えます。とすれば、半分しか習得していないとしても意欲は高く評価されるべきでありますが、習得度合いのような数値的な基準では評価できないことが指摘できます。

つまり、意欲を測ることは、ある程度教師の主観が入らざるを得ないと考えることができます。

なお、先に述べた「複数回の試験における得点の経緯」が、生徒が示した「意欲」を意味しているとするならば、評価対象者の過去として用いることができると考えられます。

まとめ

  1. 取得結果の評価に試験結果を用いる場合、学校間で共通の試験が必要である。また、選択の幅を広げること、複数の機会を与えるという意味で複数回の受験権利を生徒に与えるべきである。
  2. 評価は、絶対的数値によって表現される習得結果と、教師が、対象生徒の「過去との比較」によって表現された習得意欲の2点で構成されるべきである。


補足

  • 相対評価を行なうことは、試験の作問の出来不出来による問題点を見えなくする効果を持ち、ある意味で教師の力量不足の隠れ蓑となっています。
  • 習得結果を量るための試験の実施については、近年発達したコンピュータネットワークの利点を大いに活用すべきです。

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コメント

へのへの419さん。
こんにちは。
読ませていただきました、、、
すごいですね、、、
へのへの419さん得意の
「へぇ〜〜〜」の連発でした。
とても、勉強になりました。
有り難うございます。

へのへの419さんのおっしゃるような考えが、
現実に教育の現場に反映されるために、
もっと文科省は、
「入試制度のあり方」
「少人数学級」
「教師の質の底上げ」
いろいろ、考えて欲しいものです。
また、この問題については、引き続き、
考えていきたいですね、、、
これからもよろしくお願いします。

投稿: せとともこ | 2004.05.31 13:45

コメントありがとうございます。

でも、「すごいですね」なんて言われるとテレてしまいますよぉ。何かの参考程度にでもなれば、これ幸いと思っている限りです。

成績評価という点については、大まかにこんな風に考えています。「生徒からしてみれば客観的な基準で評価されないと困るが、一方で教師からしてみれば、自分の教育に人間味を出したいと考える。」

そこをどのように調和させるかが大切なのかもしれませんね。

今後も考えていかれるとのこと、こんな私で宜しければ、ぜひ誘ってください。

投稿: へのへの419 | 2004.05.31 22:36

ごぶさたです。にせ藤沢人です。絶対評価に関するエントリーではお世話になりました。あれから、どうすればいいのか、いろいろ考えたのですが…

絶対評価は先生と生徒が向き合うための道具なのだから、それを受験に使うべきはない。受験に使いたいのは、子どものニーズではなく、教育する側のニーズでしかないし、それはある種のエゴであって、そのエゴが、絶対評価の本来の目的を曇らせるし、子どもに妙にセコイ地獄を体験させてしまう。そんなことはやめて、受験機会を複数用意する方がよい。

そんなふうに思っています。

ところで、市町村が独自判断で教員採用が可能になるという記事をお読みになられましたでしょうか。これもまた、複雑な問題を孕んでいそうです。
「市町村の教員独自採用、自治の問題」
http://fujisawa.bblog.jp/entry/34371/
としてエントリーを起こしましたので、よろしければ、トラバなど頂戴できるとうれしく思います。
(メルアド変更中につき、ダミーで失礼いたします)

投稿: にせ藤沢人 | 2004.07.28 09:21

にせ藤沢人さん、こんにちは。

大阪出張中で、レスがとっても遅くなりました。すいません。

絶対評価を受験に使用するかしないかは、私にはちょっと判断しづらいです。しかし、絶対評価が駄目ならば、相対評価も同じように駄目なのかと思っております。

受験機会を複数用意する点は大いに賛成します。人それぞれ、進む道が違っていても当たり前でだろうと思います。その点は、「おじいちゃん戦争のことを教えて—孫娘からの質問状」(ISBN:4094030069 小学館文庫:中条 高徳【著】)の一節の、戦前の教育制度の話は興味深いですよ。

「市町村が独自判断で教員採用が可能になる」という件、ブログ拝見いたしました。藤沢人さんの意見とはちょっと異なりますが、「こんな意見もあるんだな」程度でお考えいただければ幸いかと...

まだちょっと暑い日が続きそうです。お体ご自愛の程を。

投稿: へのへの419 | 2004.08.14 12:21

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